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  匠のつぶやき

匠が生活している、松江市を紹介します。 ! !

東に中海、西に宍道湖、二つの湖に挟まれた"美しい城下町"「国際観光都市」松江市を紹介します。
堀尾義晴が生涯かけて育てた、文化芸術が色濃く残る城下町、松江市内に縦横にある堀川を遊覧船でのんびり巡ると、歴史ある松江の町並みを堪能する事ができます。
* 国宝 松江城
これぞ松江のシンボル国宝指定、平成27年(2015)7月8日( 以下更新中)     出雲の守護神として創建以来、天穂日命の子孫が出雲国造として25代まで奉仕され、大社移住後も、神火相続式古伝新嘗祭奉仕のため参向されている。
本殿は室町時代初期正平元年(1346年)建立の大社造りで、その大きさは三間四方、高さ四丈あり、出雲大社本殿とは規模が違うが床が高く、木が太く特に柱が壁から著しく張り出していることは大社造りの古式に則っているとされ、最古の大社造りをして昭和27年3月国宝に指定されている。
本殿内は、狩野山土佐光の筆と伝えられる壁画の面にて囲まれ、天井には九つの瑞雲が五色に彩られている。
* 風土記の丘
ここにある古墳は、前方後方形に築造された岡田山一号古墳である。
昭和45年度に復原整備工事が行われているが、全長24メートル、後方部の幅14メートル、その高さは4メートルある。
復原工事の際に中段の葺石に治って、円筒垣輪がめぐらされていることなどが分かった。
副葬品は、大正4年中国製の内行花文鏡や4本の大刀類,馬具類などが石室内から発見された。
* 出雲国造館跡地このあたりは古く意宇郡神戸里庭保と称し出雲国造りの本かん(本籍地)であった神戸里、つまり神祭りのため土地という決まりは、古代末に至ると次第に守られなくなってしまうが、その中の―保であった大場の名は、中世の文書にも続いて現れてくる、この地方一帯の村名となって固定する大庭とはおそらく神聖な斉場という意味でその具体的な施設がすなわち神穂神ということになるだろう。この大庭の地に出雲国造家がいつごろまでいたものか、又その館の地点が地点がどこにあったかということについては、まだよく究められていないが少なくとも延歴17年(798)の国造郡領兼帯の禁が出るまでは、この地を本拠としていたものであろうし、そしてその居館は神社や地名などから見る時やはり、この付近にあったに違いないように思われる。
* 八重垣神社
鏡の池(縁結び占いの池)この池は稲田姫命が八幡の大蛇の難をさける為、森の大杉を中心に八重垣を造って御避難中、日々の飲料水として又御姿を写され美容調整された池で、神秘的な池で鏡の池(姿見の池)と言います。
こんこんと湧き出る清水は昔ながらの面影をしのばせ、稲田姫命の御霊魂が底深く浸透しているところから、縁結びの占いの池として信仰されています。
又、池やその周辺は古代文化埋蔵地帯として、国より指定されております。

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  開府400年

 城下町松江市
「国際観光都市」松江市は、1607年に堀尾義春公がお城を築いて400年を向かえ、市を上げて開府400年祭のイベントに取り組んでいます。その情報を掲載しています。
 漆喰鏝絵
伊豆の大工「入江長八」が、漆喰を使い壁面に鏝で絵を描く技術を完成させた。
石州左官発祥の地、島根県石見地方には鏝絵が多く残っている。
鏝絵の情報を掲載しています。

 石州漆喰鏝絵
島根県石見地方には、鏝絵(唐獅子、波ウサギ、龍、牛、鶴、亀等)が多く残っており、厄除け、火除け、家の繁栄等の願いが込められています。
石見地方の鏝絵の情報を掲載しています。
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